netenaide

筋力弱くたどたどしく何もわかってない

とある魔法戦争の記録

  かつて、うら若い魔法使い見習いが、虐げられて嘆く友を助けるための呪文を唱えた。しかし、その呪文はやがて世界を破滅させるかもしれない禁断の言葉でもあった。そのことに気づいた魔法使いの師匠は、世界を守るために弟子が生まれる前まで時間を巻き戻すことにする。しかし何度繰り返しても、弟子は世界のどこかに生まれ直しては禁じられた呪文を唱えてしまう。その度に師匠は時を巻き戻す。彼らは今も無限の時をリープし続けている。いつか禁呪を唱える必要のない世界で共に目を覚ますことを夢見ながら。

 

魔法使いの弟子

魔法使いの弟子

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 繰り返しになってしまうが、自分の秘密を隠すことを止めたエルサのキャラクターは、特にLGBTコミュニティからは、カミングアウトの象徴として共感を持って受け取られた。そして『アナ雪』の続編の制作が発表されると、エルサの同性の恋人を登場させて欲しいという話題が盛り上がる。17歳のイザベルが提案した#GiveElsaAGirlfriend(エルサにガールフレンドを)というハッシュタグは一晩でTwitterのトレンドに躍り出た。どうせなら(!)人種も違ったカップルがいいと、黒髪のプリンセスのイラストも次々投稿された。

 しかし、反響の大きさとディズニー作品の影響力を危惧したキリスト教系保守サイトは、対抗して#CharmingPrinceForElsa(エルサに魅力的な王子を)というタグで、伝統的な王子様キャラクターを復活させるキャンペーンをはじめる。2016年5月の事である。

 常にマイノリティの権利拡大を願う左派にとっては、今更エルサが伝統的な王子と恋に落ちるなどという筋書きは、大変な後退であり死にも等しい。彼女は自由の象徴として、ガールフレンドを作るべきだ。しかし伝統的な価値観を守ることを使命とする右派にとっては、女王が同性の伴侶を得ることは、世界の破滅を意味するような重大な危機である。なんとしても世界の崩壊を食い止める魅力的な王子を蘇らせなくてはならない。かくして鳥のさえずりを模したSNS上ではハッシュタグという呪文が飛び交う魔法戦争が勃発し、エルサとその未知の恋人の性的指向は、勝手に「戦場」として踏み荒らされることとなった。そこでは黒髪のプリンセスとチャーミング王子は、同時に存在する事が許されない運命の仇同士である。

 約一ヶ月間の戦いの末、保守系サイト『CITIZEN GO』は「ディズニーはレズビアンの女王とガールフレンドを断念」と一方的に勝利宣言をする。本家スペイン語のサイトではエルサの頭上にVICTORIAと書かれた赤い三角形まで掲げられた。保守派の呪文が打ち勝って時代は巻戻り、幻の黒髪のプリンセスは露と消え、代わりにプリンス・チャーミングが墓場から黄泉帰った、のだろうか。

 

Viva la Vida

Viva la Vida

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 しかしまだ黒髪のプリンセスとプリンス・チャーミングが手を携えて共に生きる希望はあった。左右に分かれた両陣営が互いに憎しみを手放し、愛で世界を塗り替えるのだ。#CharmingPrinceForElsaという呪いの言葉は「エルサ役としての魅力的な王子」とも取れる。エルサの役を王子が演じれば、仇同士の二人が結ばれる世界もあり得るのではないか。何処からか現れたフェアリーゴッドマザーは、呪文はそのままに魔法をかけ直し、魅力的な王子ことサザンアイルズのハンス王子がエルサとして蘇ることとなった。

 今度のエルサは赤い三角帽を戴いた「民衆を率いる自由の女神」でありながら、勝利の女神ヴィクトリアの名まで授かっていた。そうして、めでたき名を持つヴィクトル・ニキフォロフが「ゆーとぴあかつき」の湯けむりから立ち現れる。彼は果たしてエルサなのかハンスなのか。それともただの鏡なのか。そして黒髪のプリンセスはどこへ行ってしまったのか。

 「エルサ役としての魅力的な王子にエルサ役としての魅力的な王子を」「エルサ役としての魅力的な王子にガールフレンドを」。いつの間にか両陣営の主張は完全に裏返り、エルサ役の魅力的な王子はレリゴーと唱え、シチズンはゴーする。自由を求めて、約束の地、スペインはバルセロナへ。