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筋力弱くたどたどしく何もわかってない

死神たち

 先週の『デトックス女子会会議室』は久保ミツロウさんのターンで、テーマは「タダでも読める漫画会議」だった。『ユーリ!!! on ICE』の情報に飢え過ぎて、まだここ数ヶ月のことなのだが、原作者のYouTubeまでフォローし始めてしまった。ここ数回は飼い始めた保護犬の話題がメインで、そちらも気になるのだが、今回はがっつり創作を語っていて『ユーリ』ファン的に興味深かった。

 「タダでも読める漫画」といっても著作権の話ではなく、合法的にネットで無料で読める漫画それぞれ、といった話題である。久保ミツロウさんは、(多分はアマチュアセミプロの方々が)インスタで公開されているエッセイ系の漫画をよく読むらしい。「骨太のストーリーが作れる」という理由で『ユーリ』の原案に迎えられたお話作りのプロが、玉石混交であろうネットの漫画を読むというのは意外だった。

 まず、インスタの漫画に散見される「全肯定彼氏もの」に対して、ちょっとした苦言が呈される。悩み多き語り手に共感して読んでいると、突然全てを肯定してくれる彼氏が登場して、悩みはどうでもよくなりました、ほっこり。といきなりカップルものとして収束してしまうというパターンだ。ままならぬ日常とどう向き合うかというテーマの作品と導入部では見分けがつかないので、「この漫画は男が全部解決します」みたいな注意書きを入れておいて欲しい、といった話である。余談だけれど、自分はインスタ界のこういう作品に初めて触れた時、この形式が成り立つことにはかなり衝撃を受けた。読者として「え、まさかそこで終わり!?」という突き放された感あるラストに対して「私もほっこりして元気が出ました、ありがとう」みたいなコメントが結構ついていたりするのだ。今まで自分には見えていなかったリア充な層の間での需要と供給があることを初めて知った瞬間だった。

 『ユーリ』の続報を待ち望む者として気になったのは、「ツイッターでバズっていたある創作漫画」の話だ。いわゆる「死神系」としてベタすぎる気がして、禁じ手にしてきたパターンが全部入っているという。「自殺しようとしていた人間の前に死神が現れて、死ぬのは一週間待ってくれと頼んでくる。死神と暮らし始めた人間は、どうせ死ぬのだからと、いじめの相手に復讐したり、勇気を出して友達を作ったりして人生が好転し始める。さて、約束の一週間後・・・」要約すればそんな短編らしい。「何度も読んだことがある気がするベタな話」であるのに、不思議とその漫画はグイグイ読めて胸に来るものがあった、という。それは、死にたかった女の子が「やっぱり死にたくない」と思えるようになる部分の描き方に、多くの人が共感できるからなのだろう、という分析だった。

 「全肯定彼氏もの」の多くも、決してリア充自慢が目的ではなく、自分に似た悩める誰かを自分の経験で励ましたいという、ごく純粋な動機で描かれているのだろう。そして「間抜けな死神」も「全肯定彼氏もの」も、誰かが生きる意欲を取り戻すストーリーで読者を励ましたいという志は同じはずだ。ただ、短いノンフィクション漫画の中で「彼氏に肯定されて、自分はこのままでいいんだ」と思える人物に共感できる読者は限られる、かも知れない。逆に、ベタ過ぎるストーリーでも、ひとひらの真実が感じられるフィクションには、より多くの人の心を動かす可能性がある。特に「死神系」は、共感を呼ぶポテンシャルも高いのかも知れない。そして、ヒットメーカーと呼ばれる人たちは、皆が「不思議と昔から知っている気がする」お約束のストーリーに思いもよらないひねりを加えることで、人の心を動かす技術に更に長けているのだろう。

 死神の話題が気になったのは、「禁じ手にしている」と断言されてはいたが、『ユーリ』にも「死神もの」の側面があるのではないかと常々感じていたからだ。その漫画に触れたのも、『ユーリ』のことが念頭にあったからではと思ってしまうのは、劇場版を期待するあまりの妄想だと自覚はしている。

 

死の舞踏 ~リスト

死の舞踏 ~リスト

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死の舞踏 作品40

死の舞踏 作品40

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 『ユーリ』の登場人物達は、その「競技人生」の短さを強く意識している。第一話の勝生勇利は、引退するかしないかの決断を周囲から強く迫られていて、まだ23歳の若さでありながら、競技者としては生きるべきか死ぬべきかの岐路に立たされた存在だ。「僕がいなくても才能ある若い人たちはどんどん現れてくる」という立場の彼にとって、これからシニアに上がってくる若いスケーター達は、お前の命をよこせと迫ってくる、死神のような存在でもあるだろう。

 ソチのトイレに降臨したユーリ・プリセツキーは、そんな勇利にとって、さながら若き死神の筆頭であったともいえる。生と死の狭間で迷う人間に、死神としてのユーリ・プリセツキーならば、何と告げるべきだったのか。死神もの、またはスポ根もののセオリーからすれば、「その引退、ちょっと待った。お前を倒すのは俺様だ。あと一年現役を続けて俺と勝負しろ。」みたいなセリフが思い浮かぶ。そして、そう言い放った途端に、二人は切磋琢磨しあって、仲間も増えて、一年後にはお互いに認め合う生涯のライバルになっている、みたいな未来予想図までが芋づる式に連想できる。大抵の物語において、死神は守護天使と表裏一体だ。

 しかし、ため息をつきながらトイレに押し入ってきた彼のセリフは、「ユーリは二人もいらない。才能ない奴はさっさと引退しろ、バーカ」なのである。本当は励ますつもりであったにせよ、ただの罵倒であったにせよ、定石から期待されるよりも随分ときついツイストがかかっている。猛烈に怒れる14歳は、本当は何を言いたかったのだろうと、第一話をリピートするたびに考えさせられてしまうのだ。

 

レクイエム ニ短調 K.626 第3曲: セクエンツィア 怒りの日

レクイエム ニ短調 K.626 第3曲: セクエンツィア 怒りの日

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