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筋力弱くたどたどしく何もわかってない

夢の王様が見る夢は『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』S1E3-E4

 『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の3、4話まで観たところだ。前回からはもう3年経過したことになっていて、王妃となったアリセントが既に第2子を妊娠しているのには驚かなかったが、デイモンが踏み石諸島での戦いにずっと苦戦していた事にはあっけにとられた。みんなが恐れるターガリエンなのに、戦争は下手だったのかい。そういえば第1話の槍試合でも、実戦経験者のサー・クリストンには勝てていなかったのだった。ヴィセーリスとデイモンの関係は『鎌倉殿の13人』の頼朝と義経みたいだなと思っていたのだが、デイモンには義経ほど圧倒的な軍事の才はないのかも知れない。騎手の足元を狙ったり、白旗を掲げて奇襲をかけるようなルールをたやすく乗り越えてしまう点は似ているけれど。

 回を追うごとに、自分の意思があるようなないような、自分で自分の存在の根拠をどんどん奪っていくようなヴィセーリス王とは一体何者なのかが気になっている。彼は女王を戴くことを良しとしなかった大評議会から選ばれた王様だ。それはゲーム・オブ・スローンズの最終話で恐怖の女王と化したデナーリスが暗殺された後、生き残った諸侯たちで納得出来る王を選んだエピソードと対応しているのだろう。怖い女王様をキャンセルした後に、みんなで願った理想の王様の姿がヴィセーリスだったのではないのだろうか。だから彼は周りの進言にいちいち耳を貸してはブレまくる、イマイチ輪郭のはっきりしない人物となった。

 自身は男だから選ばれたのに、自分の後継者には娘のレイニラを指名するという自己矛盾を抱えているヴィセーリスは、ターガリエン一族の預言能力について酔っ払いながら嫁のアリセントに語る。ターガリエンであることにとって一番大切なのは、ドラゴンを操ることではなく、予知夢を見る能力であるのだと。王はかつて一度だけ、自分の息子がエイゴン征服王の冠を被って降臨するという夢を見た。その夢の実現を願う気持ちが、先の王妃の命を奪ってしまった。その贖罪から夢を諦めて娘のレイニラを後継者としたのに、アリセントとの間に息子が生まれてしまった。自分は間違っていたのだろうかと。

 優しく公平なみんなの王様が夢見るのが圧倒的な征服王だというのは衝撃だが、王は王なりに自分の正統性について悩んでいる。真のターガリエンの王なら彼の夢は成就するべきだ。しかしレイニラの母との間に生まれた王子は数時間で亡くなってしまい、ヴィセーリスの夢は半分しか実現しなかった。その後に迎えたアリセントが産んだ息子の命名日を祝う鹿狩りで、王一行はウェスタロスの支配者の証である白い牡鹿を追う。しかし見つかった鹿は立派ではあるが白くはなかった。ヴィセーリスはがっかりしながら廷臣たちの導きのままにその鹿にとどめを刺す。それが白い鹿だったなら、ヴィセーリスは迷わずアリセントの息子を後継者に指名し直していただろう。みんなの夢の王様は真の王であるべきなのに、ヴィセーリスの正統性は常に半分しか証明されない。白い牡鹿はレイニラの前にだけ姿を現して森へ消えて行く。

 ヴィセーリスの後継者に指名されていることで、レイニラもまた大変難解な立場に立たされている。その正統性が半分しか証明出来ない王が決めた跡継ぎは、果たして真の王となり得るのだろうか。ましてや彼女は女であり、エイゴンと名付けられた弟まで生まれている。適齢期となり王土の華と讃えられる彼女に求婚者は殺到するものの、誰もその心は捉えられずに刃傷沙汰まで起こる有様だ。求婚者たちの側からすれば、彼女は『トゥーランドット』みたいな非情な氷姫と映っているのだろう。そこに、踏み石諸島の戦いで覚醒し、英雄となったデイモンが颯爽と帰還する。

 兄を真の王と認めて忠誠を誓うデイモンをヴィセーリスは喜んで迎える。しかしデイモンが勝利を収めたきっかけは、彼の戦いに対してどこまでも人ごとだった兄への絶望だっただろうから、その心は既に王から離れているようにも思える。そして恐らくはその為に帰還したのかもしれないが、彼はレイニラとの結婚を王に求める。というかレイニラを娼館に連れ出して謎めいた一夜を過ごした後に、泥酔し切った状態で王に彼女を乞う。彼らの素行について密告を受けていた王は、激怒してせっかく和解した彼を所領へと追い返してしまう。一方でデイモンとはぐれたレイニラは、その晩サー・クリストンを自室に招き入れていて、彼女の真実は藪の中だ。

 王はターガリエン家に伝わるエイゴン征服王の短剣に刻まれた言葉をレイニラに明かし、戴冠せざりし女王の息子レーナー・ヴェラリオンと結婚するように言い渡す。短剣に刻まれた約束された王子の予言は、『ゲーム・オブ・スローンズ』を観ていた者にとってはターガリエンの血筋に終止符が打たれることを意味しているのだけれど、ヴィセーリス王はその言葉こそがターガリエンの存在意義だとレイニラに伝える。ターガリエンはそもそもが矛盾と共にある一族だということだ。今までヴィセーリスは存在してはいけない王なのではないかと思って観ていたけれど、彼こそは矛盾に満ちたターガリエンの王そのものなのだ。デイモンが彼を真の王だと認めたことに嘘はなかった訳だ。

 レイニラは結婚を承知する代わりに、アリセントの父であり王の手であるオットー・ハイタワーを退けるように求める。オットーはヴィセーリスにとって「みんな」の代弁者であり、今まで王はほぼ彼の求める通りに動いてきた。孫のエイゴンを王位継承者にしたいというのは私欲だとも取れるけれど、危険なターガリエンの血を非ターガリエンで薄めたいという彼の使命感であったとも言える。だからこそ彼は愛する娘のアリセントを王に差し出したのだろう。しかし王はレイニラの求め通り、客観性を失ったという理由で王の手からオットーを解任し、彼はアリセントを残して城から去ることとなった。彼がお役御免となってしまったのは、孫がターガリエンとなったことで「みんな」の視点を失ったせいでもあるだろうし、ターガリエンを真の王たらしめる危険な矛盾が、悩めるヴィセーリス王から、デイモンとの一夜を経たレイニラの元へと移ったせいでもあるのかも知れない。