netenaide

筋力弱くたどたどしく何もわかってない

結婚とか出産とか『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』S1E5-E6

 『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』を7話まで観て、やっと配信に追いついた。4話で従兄弟との政略結婚を言い渡されたレイニラは、5話でその従兄弟と条件付きの結婚をし、6話では第3子の出産に臨んでいる。驚くことに、4話の時点で既に体調がかなり悪そうだったヴィセーリス王は7話の段階でいまだ健在だ。鉄の玉座から受ける傷に侵食されて左手の先から徐々に失っている彼だが、アリセントが甲斐甲斐しく世話をしているおかげであろうか、それとも彼の存在に関する矛盾を娘のレイニラが代わりに背負うことになったせいなのだろうか、死にそうで死なないことも彼の王としての資質の一つなのかもしれない。

 話は戻るが、第1話での王妃エイマの悲壮な出産シーンは、とても共感できるものではなかった。「難産で命を落とす母子とそれを悲しむ優しい夫」という構図には、ほぼ百パーセント「お母さんは大変だなぁ、僕ちゃんは男でよかった」という男性視点のエゴが透けて見えるものだ。注目度が高い『ゲーム・オブ・スローンズ』の続編で、それでもわざわざその場面を描くということには、何か計算された意図があるのだろうとは感じたが、不快なものはやはり不快だ。どんなメッセージを込めようとも、「僕ちゃん」の立場から一歩も踏み出す気の無い視聴者は一定数いる。彼らにわざわざ「男でよかった」と思わせてあげるのなら、製作陣にはそれに見合う表現を作り上げる相応な覚悟が求められる。

 そのエイマの死をここに繋げたかったのかと、共感には至らないけれど納得はしたのが6話で描かれた2つの出産劇だ。「僕ちゃんは男でよかった」というのは無責任な視聴者側の感想で、実際のドラマの中で、それもこの文脈でこのセリフが使われることはあまりなかったのではないだろうか。その代わりによく置き換えられてきたのは「ママは死んだけど俺は男だ!」みたいな極端なマッチョイズムだ。しかし、出てくるみんなが巨大な武器を振り回しているような『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズで、レイニラの夫のレーナー・ヴェラリオンは、お産を終えた妻に「自分は男でよかった」とさらりと言ってのける。それを言うのがまさかの君であったとは!

 レーナーはレイニラに対して決して冷たい夫ではない。二人は訳あって変則的な家庭を築いているのだが、レイニラにとって従兄弟であり幼馴染でもある彼は、彼女に対して友好的だ。お産の直後に後産を垂れ流しながら意地で王妃との謁見に向かう彼女に付き添って、まるで兄弟のように親友のように「自分は男でよかったよ。槍に突かれたことならあるんだけど」と彼は無邪気に話しかけるのだ。

 それぞれ公にできない恋人がいた二人は、結婚に際して「義務を果たしたら後は自由に楽しんでいい」という秘密の取り決めをしている。祝宴の席での惨事によってその約束は敢えなく意味を失うのだが、それから10年間レーナーは同性の恋人を渡り歩き、レイニラはサー・クリストン、ではなく王都の守人サー・ハーウィンにそっくりな子どもを産み続けている。しかし同時にレーナーはレイニラの息子を本気で自分の息子とみなしているように見えるし(何しろ亡き恋人の名を息子につけている)、王妃から疑われるレイニラも、自身の潔白を本気で信じているようにしか見えない。一方でサー・ハーウィンは居室の中では堂々とした父親として振る舞い、レーナーは彼らのプライベートに協力的だ。「僕ちゃんは男でよかった」というマインドと「そもそも本当に俺の子なのか」と言い出すマインドには何か共通したものがあると常々感じていたけれど、ここでレーナーに「男でよかった」と言わせるのは何重にもひねりが効いている。

 とはいえ、それぞれの愛人を巻き込んだ彼らの拡大家族には限界も迫っている。王妃アリセントとサー・クリストンは、レーナーと息子たちが似ても似つかないのに誰もそれを指摘しないことに苛立っていて、王子たちの剣術指南の場でクリストンとハーウィンはとうとう衝突してしまう。サー・ハーウィンは王女の盾を辞任して郷里に戻り、オットー・ハイタワー失脚後に王の手を任されていたその父ライオネルも息子を追って帰郷する。そしてサー・ハーウィンを失った途端、王都に蔓延する不名誉な噂に耐えきれなくなったレイニラは、家族を引き連れて所領のドラゴンストーンに居を移すことにする。それでも「戦力は多い方がいい」と夫の愛人も伴うのが彼女流である。このままハウスオブザドラゴンが凸凹家族のホームドラマ化しても面白そうだと思ったけれど、残念ながらそんな展開はなかった。

 レイニラの一族を巻き込んだ出産劇に対して描かれるもう一つの出産は、レーナーにそっくりな彼の妹、レーナのものだ。「自分は男でよかった」という彼の言葉は、皮肉なことに妹レーナの出産にもかかっている。デイモン・ターガリエンの妻となっている彼女は、やはり第3子の出産を控えていて、ペントスでの外遊中に産気づいてしまう。彼女は故郷の一族の元で出産したがっていたものの、叶わずに母子共に危険な状態に陥る。デイモンは第1話で兄のヴィセーリスが突きつけられたのと全く同じ選択を異国の医師から迫られてしまうのだ。しかしレーナは自分と子どもの命を夫の手には委ねなかった。死を悟った彼女は、ドラゴンに命じて自らを焼き殺させる。その壮絶な最期に、デイモンは「自分は男でよかった」などと生温いことは思わなかった筈だ。そして彼女の死が、分裂した3つのターガリエン達を再び一堂に集わせることになる。