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筋力弱くたどたどしく何もわかってない

解けてからが本番の呪い・『水星の魔女』

 巨大ロボットのコクピットの中で、女性パイロットが何かの試験的なシステムと格闘している。次に扉が開いた時、彼女は跡形もなく消えてしまっているのではないか・・・という不安を、もしかしてエヴァンゲリオン以降の視聴者なら抱いてしまう場面だ。しかし「ばぁば」と呼ばれる博士の制止によって、彼女は危険な挑戦を一旦諦めてコクピットから抜け出し、漂ってきた幼い娘を抱き止める。

 話題になってるみたいだしと軽い気持ちで観てみたら、とても引き込まれてしまった『水星の魔女』。ガンダムシリーズに(エヴァンゲリオンにもだけど)詳しい訳ではないので、歴代のガンダムが作中でどういう扱いだったのかよくは知らないのだが、少なくとも本作における「ガンダム」は、使用を禁じられた禁断の技術という位置付けであるらしい。

 元々は人間が宇宙に適応するために開発されたガンド・フォーマットという医療技術をモビルスーツに転用したのがガンド・アーム、すなわちこの世界のガンダムなのだそうだ。しかしいよいよガンド・アームの実用化が決まると、軍事力の均衡を壊し、搭乗者の命を奪うシステムであるという批判が巻き起こる。冒頭の「ばぁば」ことカルド博士はガンドは人類に必要だという信念を持っていて、その技術に救われたテストパイロットの彼女も、ガンダムの健全性を証明したいと焦っている。そこにモビルスーツ開発評議会がガンド・アームの開発を凍結するとの一報が入り、急襲を受けた開発元のバナディーズ機関は母と娘を乗せたガンダム一機を残して殲滅されてしまう。と、ここまでがプロローグで描かれる前日譚だ。

 第1話以降は無事に成長した娘、スレッタ・マーキュリーの風変わりな学園生活が描かれるのだが、プロローグと本編の間を繋ぐ短編が公式サイトで公開されている。それによれば、逃げ延びた母娘は水星に潜伏する。水星は老人ばかりの星で、厄介な母娘を迫害する者も多かった。しかしガンダムを乗りこなす娘は、意地悪な老人の命を過酷な採掘現場から何度も救い出す。16歳になった彼女は、自分の出自も母が抱く復讐計画も知らぬまま、水星の人々を助けたいとモビルスーツの専門学校への進学を決める・・・というストーリーを御歳80歳の原作者、富野由悠季の名を掲げて公開しているところには、並々ならぬ老舗の矜持を感じる。

 アスティカシア高等専門学校では、何でもモビルスーツの決闘で決められるという、とんでもルールが存在していた。そこではベネリットグループ総裁の娘ミオリアの婚約者の座を懸けて、有力な生徒達の間では日夜決闘が執り行われている。彼女と結婚すれば次期総裁の座が手に入るのだ。なぜここで薔薇の花嫁システムが、少女革命ウテナが、と面喰らう設定である。そしてもちろんミオリアへの横暴を見かねて決闘に巻き込まれたスレッタは、まんまと勝利して新たな「婚約者」となってしまう。

 ミオリアの父デリング・レンブランは、ガンド・フォーマットを危険視してスレッタの故郷を破壊した張本人である。プロローグ中で高らかに宣言される彼の主張は「兵器とは単に人殺しの道具であるべきだ」。作中ではガンド・アームは「乗り手の命までも奪う」と表現されているが、現実世界に置き換えれば、彼が言っているのは戦争抑止力としての大量破壊兵器の否定であるように取れる。全人類の命を担保にするような抑止力としての兵器を否定し、例えば核兵器が開発される前の単純な命のやり取りに戻すべきだと言っているようにしか聞こえないのだ。

 核の問題として彼の行動を考えるなら、ガンド・フォーマットが完成する前に何としてもその開発を阻止ししなければならないという危機感は納得出来る。核兵器が開発される前の世界に戻して、戦争はやりたい者たちだけでやってくれとは誰しも考えたことはあるだろう。そういった意味ではデリングは確かに人類の危機を回避した正義の味方なのであり、可能性を信じて進歩の歩みを緩めないカルド博士は人類を滅亡へと誘惑する危険な魔女である。

 技術革新の狭間を突いてクーデターを成功させたデリングは、今やモビルスーツ関連の巨大コングロマリットの総裁となっている。将来の可能性など信じない彼が認めるのはただ結果のみ。結果が出せなければ改善の可能性があろうがなかろうが容赦なく切り捨てるのがその経営方針だ。そしてグループ内では御三家と呼ばれる三つ巴の勢力が覇を競う。デリングは今ではその座を狙われる側だが、利益の追求が目的の経済帝国の内側で、命のやり取りで王座を争っていては内部崩壊してしまう。そこで彼は後継者争いを次世代に先送りにする。それが子ども達による代理戦争としての決闘システムという訳なのだろう。

 しかしその決闘システムは、彼の一人娘ミオリアの人権を全く無視したものだ。かつて乗り手の命までも脅かすガンド・フォーマットを呪いだと断罪したデリングは、自分の帝国を維持する為に、娘の人生に呪いをかけてしまった。それは花嫁争奪戦に参入するにしろしないにしろ、何らかの態度を取らなければならなくなった学園の生徒達にとっても等しくふりかかる呪いである。巨大企業ベネリットグループは、「乗り手」が受ける筈だった呪いを次世代に転嫁することで成り立っている。

 正直、学園の子ども達にかけられた呪いは随分と旧弊な家父長制に依拠している訳で、作中でその呪縛を解くこと自体はさほど難しくはなさそうだ。予定調和の候補者を排して、素性がはっきりしない娘がお姫様の「婚約者」となった時点で、もうパタパタと解呪のドミノ倒しは始まっている。むしろ課題は、呪いが解けた後の世界でガンダムとの共存をどう描いていくかになるのだろう。スレッタの母は「ガンダムではなくてドローンだ」と審問会を言い抜けるけれど、もちろんそんな訳がないことはみんな分かっているのである。令和のガンダムは現実世界の脅威とかつてなく接近している。ただ楽しく観たいとも思うし、老舗のプライドをここぞとばかりに見せつけてくれることを期待してもいる。

 

g-witch.net

 

スレッタの学籍番号のくだりは、こちらのエピソードからなのかも

koken-publication.com

 

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