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鏡の国のワタシ

『ボタニストの殺人』

イギリスの「国家犯罪対策庁重大犯罪分析課」に籍を置くワシントン・ポーシリーズの5作目。「ボタニスト」と名乗る連続殺人犯を追うことになったポーとティリー。しかし頼りにしている法医学者のエステルが別件で拘束されてしまう。ポーのチームはボタニストの事件とエステルの事件を並行して捜査することになる。

 

今作は、まず日本の西表島で変死体が見つかるところから始まる。結果としてあまり日本のパートは出てこないんだけど、いよいよワールドワイドに話を展開させようとしている感じがある。そしていつもポーをドギマギさせる天才解剖学者のエステル・ドイルが父親殺しの容疑を掛けられてしまう。ぶっとんだキャラのエステルはその出自もぶっとんでいた。彼女を助けに飛んでいきたいポーだが、押し花が添えられた派手な予告殺人の捜査を命じられてしまう。

 

このシリーズで扱われる事件は大体陰惨でエグい。それでも登場人物の魅力とどんでん返しの連続でどんどん読ませる。「シリーズ最高傑作」と謳われている今作は上下巻と長く、序盤はボタニスト事件とエステルの事件が並行しているのでちょっともどかしい感じもあった。下巻の帯に大きく「容疑者はエステル・ドイル」とあるのもミスリードを誘ってモヤモヤする。「最高傑作」と言われるとどうだろう・・・自分の中で一番鮮烈だったのは第3作の『キュレーターの殺人』だった。でもやっぱり手をつけるならティリーが登場する第1作からだと思うし、ここまで彼らの物語を読んできたのなら『ボタニストの殺人』も読むだろう、という感じだ。最後の数十ページには今までとは趣の違う展開が待っている。

 

 

ところで二次創作には「◯◯の夢女」というジャンルがあるらしいが、このシリーズは「ポーが夢男」という構図ではないかと思っている。主人公ワシントン・ポーの周辺は上司も同僚もほぼ女性ばかりなのだ。イギリスの方がジェンダーフリーが進んでいるから、とかそういうことばかりではない気がする。第1作で幼馴染の親友を失って以来、ポーの周囲の主要人物は地に足のついた女性キャラでどんどん埋められている。ポー本人は自身の男性性に由来する癒えない傷を抱えた暴走しやすい男、という感じなのだが、その痛みを男性組織の中でどうにかすることを諦めて(『ストーンサークルの殺人』はそういう話だったのかも)、夢男として有能な女たちと働くことにしたようにも思える。

 

海外ミステリーを読む時、出てくる都市や店舗をGoogleマップで検索してみるのがちょっとした楽しみなのだが、ポーのシリーズには実在の店がよく登場している。ポーは普段は荒野で世捨て人のように暮らしているくせに、実はいい感じの店を色々知っているのだ。彼が夢男なのではと思ったのは、『グレイラットの殺人』でアメリカからやってきたFBI捜査官(やはり女性)を伴って立ち寄った書店があまりにとっておきな雰囲気だったから。マップで見るとまるでお気に入り女子と行く秘密の場所みたいだった。それまで彼女が黒幕かもと何割か疑って読んでいたけれど、ここに連れて行くならきっと犯人じゃないなと悟ってしまったくらいだ。陰惨な事件の合間にこっそり信頼する女たちをとっておきの場所に案内しては「ポーったらあーだこーだ」と彼女たちに囲まれるのが彼にとって最高の夢男シチュエーションであるように思える。

 

もうずっとこんな感じでシリーズが続いて行くのかと思っていたが、今作でポーのライフスタイルにはちょっとした変化があった。解説によれば既に7作目までの刊行が決まっているらしく、彼の人生にはまだまだドラマが用意されているらしい。私のお気に入りキャラはティリー(ポーの同僚の天才ハッカー)はもちろんとして、ポーの愛犬のエドガー、そして隣人(数キロは離れているけど)兼家主的な存在のヴィクトリア・ヒューム。連続殺人犯と対決しようというポーに慌てず騒がず「私の散弾銃貸しましょうか?」などと言えるところが最強だ。ポーとの間に何かが起こるのかなと思っていたこともあったけど、彼女は今作の展開できっと良かったのだろう。

 

ここは私も行ってみたい。ティリーと一緒にポーにケーキとか奢らせたい↓

www.bookcasecarlisle.co.uk

 

今回彼らが最後に「ビールを買おう」って言ってたのはここのようだ。13世紀からの歴史がある建物↓

www.thepele.co.uk