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筋力弱くたどたどしく何もわかってない

海辺にて『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン 』S1E7

 若きレイニラとレーナーが光溢れる海辺を歩きながら結婚の約束をするという5話の光景はとても美しかった。実際に2人が交わしていたのは「義務さえ果たせば後は別々に楽しんでいい」という、とてもうまく行くとは思えない拙い取り決めだったが、空と海との狭間で輝く王子と王女の姿には幻想的な美しさがあった。

 一見麗しい婚約の情景の影で、仄暗い城壁の内側では、彼らの父親たちが生まれてくる孫がどちらの姓を継ぐかについて、やはり後々揉めそうな取り決めを交わしている。そしてこの7話ではレーナーの妹レーナの葬儀のため、同じ海辺の城にターガリエン一族が集う。血縁が濃い者たちの間で、レイニラの息子たちがレーナーと似ても似つかないことは一目瞭然である。

 ドリフトマークの城主であるコアリーズ公夫妻は、レイニラの息子とレーナの娘、どちらの孫に城を継がせるかで対立している。コアリーズはヴェラリオンの姓を継ぐレイニラの次男を自身の後継者として目をかけている。しかし妻のレイニスは自分達の血を受け継ぐレーナの娘にこそ城を継がせるべきだと主張する。今まで一枚岩に見えていたヴェラリオン家だが、血よりも名前を後世に残したいというコアリーズ公と、血の繋がりがなければ孫とは見做せない「戴冠せざりし女王」レイニスとの視点は大きく食い違っている。

 名家の男達は血よりも名を優先する。というよりは、ヴィセーリスが「孫の鼻はレーナー似だ」などと呑気に述べていたことを鑑みるに、彼らにはそもそも血の繋がり自体があまり見えていないのかも知れない。そうと知る時、ヴィセーリス王がアリセントを亡き妻エイマと呼び間違えてしまった事には、王の老いを示す以上の意味が生じている。見るからにターガリエンな子供たちを3人も産んでいるにも関わらず、王の意識の中でアリセントの名は忘れ去られようとしている。レイニラがヴィセーリスの後継者である限り、アリセントの血統は存在しないも同然なのだ。その客観性、無私の視点によってターガリエンの王に仕えてきたハイタワー家は、彼らが捧げた娘が王の中で名前を失うに至って、翠装派として結束を固める。レイニラの血族に存在を消される恐怖に突き動かされる彼らは、もう無私の一族ではない。

 アリセントの子どもたちは、成長するにつれてある意味順当にターガリエンらしい奇矯さを発揮し始めている。中でも第2子のへレイナは虫にばかり興味を示して他の兄弟からも敬遠されている。彼女は王が白い鹿を逃した鹿狩りの際に、アリセントが妊娠中だった娘だ。それは求婚者が殺到するレイニラに対して、自分の孫のエイゴン王子と婚約させるべきだとオットー・ハイタワーが言い出し、ヴィセーリスがうんざりしていた回でもある。虫愛づる姫へレイナは、オットーが王権に対して客観性を失った時に誕生しているのだ。

 ヴィセーリスは病んだ左手の治療の為に、ハイタワー家出身のメイスターの勧めるままに腐肉を蛆に食べさせ、ヒルに血を吸わせてきた。そしてデイモンが「ヒル」と蔑むオットー・ハイタワーは、「白蛆」と呼ぶストリートチルドレンたちに金を払って情報源としている。名もない白蛆たちの視線がオットーの客観性を支え、ヴィセーリスは公平な皆の王様である為に、その血肉で彼らを養っていたのだとも言える。虫愛づる姫君へレイナは、オットーが野望と引き換えに失った、名もなき虫達の姿を観察し、その声を聞く能力を持っている。その代わり、彼女は名のある存在をあまり認識出来ていないようでもある。

 一方で、巡り会うたびにターガリエンである事についてのメタな対話を重ねてきたレイニラとデイモンは、これまでの人生を打ち明けあい、とうとう一緒になることを決める。2人が結ばれるのは、若き日の眩い婚約とは打って変わった夜の闇の中である。2人が夫婦となる為にはレイニラの夫、レーナーの存在が邪魔になる。「レーナーを殺すのか?」といかにも悪人顔のデイモンは尋ねる。裏切りや謀殺など日常茶飯事だった『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズの視聴者としては、夫としては頼りなかったけれど決して悪い奴ではなかったレーナー・ヴェラリオンとの別れを覚悟する場面だ。

 しかしレーナーを家族として愛していない訳ではないレイニラには策があった。彼らはレーナーの死を偽装して、愛人のサー・クァールと共に海の向こうへと逃がす。レイニラの即位のために戦地に赴くことを諦め、クァールと別れようとしていた彼を家族の務めから解放したのだ。子供たちの出自に関する疑惑に加えて、夫殺害の疑いまで被って彼を逃すレイニラには、さながらアンチ・ヒーローの趣すらある。「暴君にはならない」「恐怖による支配はしない」「敵は我々を恐れる」というのがデイモンに対してレイニラが語る抱負である。

 ところで、レーナーに死ではなく自由を与える事で新しい支配者像を目指し始めたレイニラだが、レーナーの身代わりの死体とするために、名もなき人物をデイモンに襲わせている。愛する者を生かす為なら、名もなき者の命は彼女にとってノーカン扱いなのだろうか。今の彼女に見えているのが愛する家族だけなのだとすると、200年後に「名もなきもの」の大軍を率いて王都を陥落させるデナーリスとは真逆の立場であることになる。そしてそれは、かつてミサリアがデイモンに訴えていた「恐怖からの解放」とも相反している。ミサリアの恐怖は、もう出自さえも思い出せない名もなき自分の命が、いくらでも替えのきく存在として容易く摘まれかねない状況に対する恐怖だ。デナーリスでもなくサーセイでもなく「暴君にはならない」ために、レイニラは今後どう舵を取っていくつもりなのか。

 

 

キャストがただワチャワチャしてるのを見たくなる・・・